作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】越後白鳥/一山一寧【略歴など】越後の土豪一宮氏の家系に生まれるが幼少の頃に鎌倉建長寺一山一寧師の下に待童として仕え、次いで比叡山戒壇院で受戒、京都建仁寺に入門。1307年に入元して元叟行端・虚谷希陵・東嶼徳海・晦機元煕・叔平□隆ら高僧に参禅、しかしこの頃、日元関係の悪化から雪村を含む多くの留学僧が日本の間者であるとの疑いをかけられ10数年間長安、成都などに流刑を受け、この間に様々な経書・史書を独学。大赦により許された後には請われて長安南山翠微寺の住職となり、元の朝廷から「宝覚真空禅師」の号を特賜されるに至る。1329年に帰朝して翌年には師一山の塔である建長寺玉雲庵の塔主に就任、その後は信濃徳雲寺、京都西禅寺、播磨法雲寺の開山及び住職として歴任、1343年には足利尊氏の招聘により京都万寿寺の住持に就任、また45年には朝廷から招聘を受け建仁寺住持に就任するなど鎌倉末期から南北朝時代にかけて五山文学最盛期における最も中心であった臨済宗禅僧の一人。〔印名〕「友梅」「雪村」など〔市場評価〕★★★★★〔美年鑑評価〕1000万