作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】江戸出身師、古満寛哉、鈴木南嶺、岡本豊彦【所属・任】帝室技芸員【主な受賞】第1回内国勧業博覧会展竜紋賞など【略歴・作風など】現在の東京日本橋東あたりに生まれ、1817年11歳の頃に蒔絵師の古満寛哉に師事、その後26年には日本画を鈴木南嶺に学ぶ、さらに30年には南嶺の紹介で京都に遊学して岡本豊彦の下に入門して四条派の写実技法を修得。33年に江戸に帰り浅草に居住、是真と号して蒔絵作品の制作をはじめる。当時の蒔絵職人は下絵を画工に任せるのが一般的であったが、是真は自らで下絵と蒔絵を一本化することにより創造性の高い作品を生み出すことに成功、さらに青海波の技法や漆絵の技法を創案、73年のウィーン万国博覧会や77年の第1回内国勧業博覧会で賞賛を浴びて晩年の90年には帝室技芸員の拝命を受けている。翌年、小川松民らと日本漆工会創立するなど当時の工芸界にも貢献を示したが同年病気の為没(享年85歳)。蒔絵、漆芸作品のほか日本画などの平面作品にも多数の秀作を残すが、両作品とも以前から贋作が多く高額作家なだけに注意が必要。〔主な作品所蔵館〕秋田県立近代美術館/板橋区立美術館/石川県立美術館/山種美術館/静岡県立美術館/北九州市立美術館/清水三年坂美術館など〔印名〕「柴田氏印」「令哉閑人」「柴是眞印」(「柴是真印」)「含光書人」「對柳居」(「対柳居」)「令哉」「是眞書癖」(「是真書癖」)「古満」「真」「曙」など〔市場評価〕★★★★★