作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】藤原俊成の子。【称号】名光季のち定家・法名明静・通称京極中納言・京極黄門【略歴・作風など】父俊成の後を継ぎ、歌壇の指導者となった。九条兼実の家司であったため前半生は不遇だったが、後鳥羽院サロンに帰参し、後鳥羽院・西園寺家との姻戚関係により歌壇の主流の指導者となった。『新古今集』以下の勅撰集に四百五十六首選入され、定家の和歌の撰者の一人として二条家の歌の家の基を築く。家集『拾遺愚草』、日記『明月記』、紀行『熊野御幸記』、歌論書『近代秀歌』『毎月抄』『詠歌大概』『秀歌体大略』『僻案抄』、源氏物語の注釈書『奥入』著。「小倉百人一首」(小倉山荘色紙和歌)を撰す。書もよくし、後世「定家流」と称され、江戸時代には茶人にもてはやされた。真跡は多い。師事:藤原俊成〔和歌〕。門下:後堀河天皇・持明院基家・西園寺公経・久我通光・道助法親王・世尊寺行能・葉室光俊・源実朝・式子内親王・東重胤〔和歌〕。
