作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】本阿弥光悦の甥光益の子、佐野紹由の養子、姓佐野氏、京都の人【称号】幼名又三郎・名重孝のち清定・号紹益・屋号灰屋・通称三郎左衛門・紺灰座・紺座支配・法橋【略歴・作風など】家業を隆昌に導き、富商として茶屋・角倉・後藤の各家と併称された。諸芸万般に通じ、桂離宮の造営に参与し、京都町衆として活躍。当時の数寄者と交遊、のち法橋に叙せられた。遺愛の茶室に「鬼瓦の席」がある。『にぎわひ草』著。師事:烏丸光広・飛鳥井雅章〔和歌〕、松永貞徳〔俳諧〕、金森宗和・藤林宗源〔茶〕。備考:石州流の茶の湯・和歌・蹴鞠・俳諧・光悦流の書をよくす。六条三筋町の名妓吉野太夫を身請けして妻にした。一説に慶長十五年(1610)生とも。
