作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】甲斐国中巨摩郡/久保田米僊ほか【略歴・作風など】商家の五男として生まれたが、家業の経営困難により幼少のころに東京に移住。11歳の頃に日本画家綾丘有真に画のほどきを受け、次いで14歳の頃に久保田米僊の門下となり本格的に日本画を師事、その後東京美術学校に入学(中退)、また平福百穂に私淑。1907年には東京朝日新聞社に嘱託画家として勤務、以降、夏目漱石をはじめ島崎藤村、泉鏡花らの作品の挿絵、石川啄木、谷崎潤一郎作品の装丁を手がけるなど認められ、1915年には川端龍子、平福百穂と共に「珊瑚会」を結成、また同時期に版画元の渡辺庄三郎との知遇を得て以降、役者画の版画作品を多く手がけるようになる。尚、最下段印影は公定鑑定名取芳子印。〔主な所蔵館〕南アルプス櫛形春仙美術館など〔印名〕「春仙」など〔市場評価〕★★〔美年鑑評価〕?