作家资料
BIOGRAPHY美濃(岐阜)/頼山陽【略歴・作風など】江戸後期の儒学者で幼くして神童と称され、大垣の菱田毅斎に学んでその塾長となる。文化12に頼山陽に師事し師の西遊に随行。そののち大坂に自らの塾を開き、8年には山陽の媒妁によって篠崎小竹の娘「町子」と結婚。当時大坂で、文は松陰、詩は広瀬旭荘と賛称された。また山陽の著述の校訂や、その著の序跋を草した。主な著作物に「春草詩鈔」「好文字」「松陰亭」「竹深荷浄書屋集」「松陰詩稿」「松陰文稿」など。〔落款名〕「機印」「春草」「世張」「後藤機印」「松蔭」など