作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】不明/鶴山探鯨、鳥山石燕ほか【略歴・作風など】はじめ鶴沢探鯨について狩野派を修めた後、鳥山石燕に浮世絵を学んだとされるが、一説には西村重長・石川豊信にも師事したとも言われ、また出身地も豊後国臼杵と但馬国豊岡、或いは江戸出身かとも言われており現在確定的ではない。西洋、オランダの透視画法や遠近法を用いた銅版画を直接模した繊細な浮絵(錦絵)を広めて歌川派を創始、特に美人画を多く描き、高名を得た。また晩年からは肉筆画の制作に集中したとされる。門下には初代歌川豊国・歌川豊広などを輩出。薙髪後は名の昌樹(まさき)を音読みにして昌樹(しょうじゅ)と名乗る。〔印名〕「昌樹之印」「一龍斎」など〔市場評価〕★〔美年鑑評価〕300万