作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】漢方医馬越元泉の次男。河野元育の弟。一時公事宿播磨屋仁兵衛の養子。岡山県の人。【称号】三井物産常務理事・大日本麦酒会社社長・幼名伍蔵・俗称伍蔵・名恭平・仁三郎・仁兵衛・号化生・法名顕徳院雄渾日覚【略歴・作風など】十三歳の時、大坂に出て鴻池新十郎家に奉公、次いで遠縁の播磨屋の養子となり仁兵衛を襲名したが、明治五年、養家を出て上京、益田鈍翁の推挙で井上世外の先収会社へ入社、のち三井物産の重役に昇進。さらに日本麦酒会社を創立して社長となり、札幌麦酒・大阪麦酒を合同して大日本麦酒会社を創立、社長となった。勅選貴族院議員となり、勲三等瑞宝章受章。茶道を嗜み、「ビール王」と称された。数寄者として知られ、因陀羅筆「寒山拾得図」、中興名物「田村文琳茶入」「残月蕎麦茶碗」などを所持。師事:川上宗順〔茶〕、阪谷朗廬〔漢学〕、後藤松蔭〔儒学〕。
