作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】近江国また阿波国の人とも、山城国西岡の商人の子とも。【称号】大和信貴山城・多聞山城主・従五位下弾正少弼・三好長慶の家宰・名久永のち久秀・通称弾正・弾正忠・霜台【略歴・作風など】三好長慶に祐筆として仕え、信貴山に城を築き、主家を滅ぼし、さらに将軍足利義輝を弑逆。永禄十年(一五六七)、東大寺大仏殿を焼く。三好三人衆や筒井順慶らと対立、織田信長入京の際は退勢挽回のため信長と対立、「九十九髪茄子茶入」を献じて降伏したが、天正五年(一五七七)、再び叛乱して落城、愛用の「平蜘蛛釜」とともに火中に投じた。師事:武野紹鷗〔茶〕。備考:好学・好芸で、清原宣賢・吉田兼右らを召し、ことに茶の湯を好み、「松本天目茶碗」「晩鐘の絵」「猿紋柄杓立」など名物茶器を所持。
