作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】加賀金沢【所属・任】【認定】【略歴・作風など】江戸町彫の横谷宗ミンの系統を継いだ加賀金沢の柳川春茂に11歳で弟子入り。文久2(1862)に13代藩主前田斉泰に白銀師として登用され、藩主御用の刀装具を命じられ加賀の宗ミンと呼ばれるほどになる。また明治になり明治6年ウィーン万国博覧会に出品する作品を金沢の金工家に対して政府が注文し、これ等を制作するために金工家集団が結成された中に山川も登用。その後結成された銅器会社棟取として、宮内省御用、内外博覧会作品の制作監督また明治9年フィラデルフィア万国博覧会では銅器の出品で受賞し、明治10年第一回内国勧業博覧会では「金沢銅器工」として鳳紋賞牌を受賞している。〔サイン〕〔刻印〕「山川孝次造」「茂孝」など〔市場評価〕★★★