作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】伊勢国安濃郡片田郷井戸の佐々木朝綱の子【称号】法諱疎石・道号夢窓・号木訥叟・勅賜号夢窓国師・正覚国師・心宗国師・勅諡号普済国師(俗称七朝国師)【略歴・作風など】九歳で仏典を学びはじめ、十八歳の時、禅に転じて諸師に参じ、高峰の印可を得た。各地を巡歴、諸寺を開創したが、後醍醐天皇の勅召により南禅寺に住し、北条氏滅亡後、京都に移り、次いで北条高時の招請で鎌倉浄智寺に住し、円覚寺に住す。足利尊氏・直義の帰依を受けて臨川寺を建て、安国寺利生塔を諸国に建立させ、天龍寺を建てて開山となる。『夢窓国師語録』『谷響集』著。造園にも才を発揮、西芳寺・天龍寺・永保寺・吸江寺・瑞泉寺・恵林寺の庭園が遺構として有名。禅宗文化和風化の推進者であるところから、一時は茶の湯開山として追慕され、茶の湯が和漢兼帯の具現とされた。師事:空阿・無隠円範・葦航道然・桃渓徳悟・一山一寧・高峰顕日 門下:玄猷国師・仏統国師・大円国師・春屋妙葩・義堂周信・絶海中津・龍湫周沢 備考:和歌・盆石を愛好す。
