作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】肥前国(佐賀県)/草場佩川、市川米庵、山内香雪【略歴・作風など】肥前国小城鍋島藩士の子として生まれ、藩校興譲館、並びに藩儒草場佩川に詩文を学び、19歳の頃に藩主の直堯公に認められて江戸に遊学、その際、市川米庵、山内香雪らに師事。28歳の頃に帰藩して藩校指南役など藩儒として仕えたが、明治維新後は全国各地を遊学。1978年に長崎にて清国領事館理事官の余元眉の知遇から清国に渡り六朝書体や墨絵の技法を学び自らの書風を確立。帰国後は東京に定住して地位や名誉には固執せずに書三昧の余生を送ったがその反面世間からの評価は日下部鳴鶴、巌谷一六と並ぶ近代日本書家の一人とされるほどで晩年の1909年は正憲皇后陛下より香筥を賜っている。〔印名〕「梧竹」「梧竹居士」「日本梧竹」「五雲山人」「中氏子達」「隆經」(「隆経」)「中林隆經」(「中林隆経」)「梧竹深處」「神通自在」「後身名士禅佛身」「我心素雲閑清川淡如比」「再人燕山」「金石癖」「八十二宵」など〔市場評価〕★