作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】越前国出身師、笑嶺宗訢【所属・任】大徳寺117世、総見院開山、大和郡山大光院開山【略歴など】本姓は浅倉氏。はじめ、足利学校にて僧籍となり、その後、大徳寺107世の笑嶺宗訢の法を嗣いで1573年に大徳寺に入寺、117世住持に出世。1582年には豊臣秀吉が信長の冥福を祈り大徳寺内に総見院を建立しその開山を任され、同年の信長の葬儀に際して導師を務める。しかし、84年の天正寺建立に際しては秀吉家臣であった石田三成との対立により秀吉の怒りを買い86年に九州大隈に配流、翌年に許され帰洛し洛北市原常楽庵に住した。1592年、秀吉は、弟、秀長の菩提を弔う為に大和郡山に大光院を建立しその開山も古渓に要請。晩年の1596年には後陽成天皇より大慈広照禅師の号を拝賜。尚、参禅の門下には今井宗及、千利休をはじめ古田織部、佐久間宗透など当時の一流茶人が名を揃え、特に利休とは親交が深い。〔落款名〕「前大徳古渓老拙」など〔印名〕「古渓」「宗陳」など〔市場評価〕★★