作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】福岡県/田村宗立、小山正太郎ほか【略歴・作風など】旧久留米藩士・上田束秀之の次男として福岡県久留米市に生まれ、幼少のころより画を好み、洋画家の吉田嘉三郎にその画才を見込まれて吉田家の養子となる。1893年には京都で田村宗立に洋画を学び、翌年には上京して小山正太郎の不同舎に入門。99年に中川八郎と共にアメリカに渡り、デトロイトやボストンで開いた水彩画展を開催、成功を収めると、翌年にはヨーロッパに渡って絵の研鑽に励む。帰国後は1902年に太平洋画会を創立させ、以後、黒田清輝の白馬会と共に日本の洋画界の中心的な役割をもつ画壇に発展させ、また、アメリカを中心とした展覧会や万国博覧会への出品では常に高く評価され賞賛された。また、1920年に版元の渡辺庄三郎との知遇から版画に転換。自ら版を彫りあげるなどし、フィラデルフィアやデトロイトなどで展覧会を開催。吉田人気を確固な物とした。現在でも氏の木版画を超える作品はないと欧米界で人気が高い。〔サイン〕〔印名〕「H.Yoshida」「吉田博印」など〔市場評価〕★★★〔美年鑑評価〕500万