作家资料
BIOGRAPHY肥前唐津(佐賀県)出身11歳で平戸雄香寺に入り得度、その後各地を巡遊し隠山惟琰・卓洲胡僊をはじめ多数の高僧に参禅。瑞厳寺124世に推挙され財政立て直しや寺宝、書画の修理に貢献、晩年は兵庫県西宮海清寺の住持となり自ら切り出した宮崎県境の山中にて南天の枝を杖と用いて渡り歩き、説法したことから皆が僧名で呼ばなく南天棒と称するようになった。〔印名〕「白崖窟」「南天棒」「全忠之印」「?風」「登+阝州印」「八十五翁」「八十三翁」など〔市場評価〕★
肥前唐津(佐賀県)出身11歳で平戸雄香寺に入り得度、その後各地を巡遊し隠山惟琰・卓洲胡僊をはじめ多数の高僧に参禅。瑞厳寺124世に推挙され財政立て直しや寺宝、書画の修理に貢献、晩年は兵庫県西宮海清寺の住持となり自ら切り出した宮崎県境の山中にて南天の枝を杖と用いて渡り歩き、説法したことから皆が僧名で呼ばなく南天棒と称するようになった。〔印名〕「白崖窟」「南天棒」「全忠之印」「?風」「登+阝州印」「八十五翁」「八十三翁」など〔市場評価〕★
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