作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】山城国(京都府南部)/奥村庄八、池田孝寿、中島来章【所属・任】帝室技芸員【略歴・作風など】1834年に京都の刀剣商加納治助の養子として迎えられ、その後1839年11歳の頃より彫金師奥村庄八、次いで金工師池田孝寿に師事、更に絵画技術を画家中島来章に学ぶ。1846年に京都で独立後、54年には江戸に上りその類希なる精巧で繊細な技法が人気となり、後年には江戸田安家の刀装を任されるに至り、この頃より刀装具製作ではかなりの名声を確立。明治以降はその技法を買われて新政府の造幣寮に出仕、その傍らで刀装を続けたが1876年の廃刀令以後は彫金技術を花瓶、銅版額、置物など美術品に施して内外の博覧会などに出品・受賞を重ね、1890年には帝室技芸員を拝命、同年東京美術学校教諭として迎えられた。夏雄の技術は研ぎ澄まされた片切彫により成り立ち、繊細な写実を大きな特徴とし刀装における美術表現を最高峰まで引き上げたとして高く評価される。代表作に「百鶴図花瓶(一対)」(第3回内国勧業博覧会一等妙技受賞作)など〔印名〕〔刻印〕「夏雄銘」「夏雄刻」など〔市場評価〕★★★★★☆〔美年鑑評価〕金工2300万・日本画700万