作家资料
BIOGRAPHY【所属・任】相国寺2世【略歴など】母方の叔父に当たる夢窓疎石の下で修業した後、中国の渡来僧、竺仙梵僊と清拙正澄につき大陸禅を学び、はじめ、京都等持寺に住み、その後、京都臨川寺、阿波光勝院、京都伏見大光明寺、天龍寺にて修行、またこの間、1358年の天龍寺焼失の際にはその再興に尽力を示す。1369年の南禅寺山門破却事件の際には管領細川頼之と対立し、約10年間丹後の雲門寺に隠棲、頼之が失脚したのを期に京都に戻り、南禅寺住持となり、その後、足利義満の庇護を受けて嵯峨法幢寺を開山、また、義満が創建した相国寺の開山禅師を命じられるが春屋が先師夢窓疎石に謙譲の意を表した為、2世として従事(事実上の開山国師)して臨済宗五山派(夢窓派)を興して五山・十刹制度などの体制作りに貢献、五山版などの印刷事業もなして室町期を代表する禅僧として名を残す。〔印名〕「春屋」「芥室」「釈妙葩印」など〔市場評価〕★★★★