作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】大和国の人。【称号】名宗以・通称掃部・号道西・法名真源院邦屋【略歴・作風など】もと松永久秀の家臣であったと伝えられ、元亀二年(一五七一)、大和から宇治に移住して茶師となったという。鷺橋町に居を構え、以後歴代宗以を号として朝廷の御用茶師をつとめた。将軍家の御物御用をはじめ、加賀金沢藩主前田家・越後長岡藩主牧野家・伊予松山藩主松平家などの御物茶御用をつとめた。朝廷の御用茶師のなかでも家格を誇り、毎年十五人扶持を受けていた。九代宗以(定安、号道斎)は香川景樹の門に入り、和歌を学ぶ。同元年(一八三〇)の「臨渕社相撲番付」東前頭四十三枚目にその名が見えている。備考:その弟十代宗以(真繁)の明治初年に至って十一代宗以(定固)のあと、茶業を廃し、東京に移住す。
