作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】丹波康頼の裔、俗姓丹波氏、近江国三雲の人【称号】法印・施薬院使・名全宗・号徳運軒・通称施薬院使【略歴・作風など】もと叡山僧。医を学び、豊臣秀吉に仕え、施薬院使に任ぜられ、のち文筆をもって事務官僚となり、寵を得て禁中茶会・北野大茶の湯の再興に進言、また薬樹院を興すなど、キリシタン禁教などに参画。師事:曲直瀬道三〔医学〕。備考:茶の湯・画をよくす。武野紹鴎門弟にも施薬院全宗という堺の人があり、のち利休門に入り、「小松島(針屋)茶入」を所持(のち織田信長に献上)したというが、同一人か否か未詳。全宗のあと秀隆-宗伯-宗厳と業を継ぎ、宗伯の代に丹波を施薬院と改姓、京都在住が許され、幕末に至る。
