作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】藤堂源助虎玄(虎高とも)の次男、近江国犬上郡藤堂村の人【称号】伊勢安濃津藩主・従四位下侍従・左近衛権少将・佐渡守のち和泉守・名与吉・与右衛門・高虎・法名寒松院高山道堅【略歴・作風など】浅井長政・羽柴(豊臣)秀長・同秀保に仕えて戦功あり。のち高野山に登り剃髪したが、豊臣秀吉に召されて伊予栢島丸串城(宇和島城)主となる。関ヵ原の役には東軍に属し、家康・秀忠・家光の殊遇を受けた。文学・茶の湯に通じ、家康・秀忠に茶を呈し、家康の遺品として大名物「四聖坊肩衝茶入」を賜る。その子大学助高次に与えた寛永二年(1625)八月三日付の十九箇条の掟書は、高虎の遺訓として有名。備考:養女は小堀遠州の室。
