作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】佐久間信盛の子(豊臣秀吉・徳川秀忠の御伽衆)【称号】名信栄のち正勝・通称甚九郎・号不干斎・松泉庵・宗岩・宗透・法名松泉宗岩【略歴・作風など】天正4年(1576)頃より堺衆らと茶会の交歓あり。「種村肩衝茶入」「はし鷹大壺」「一休墨蹟」を所蔵。明智光秀の讒により、父信盛とともに高野山に追放される。のち織田信雄にとりなされ、和議の条件として剃髪して不干斎と号す。文禄の役には秀吉の御伽衆として肥前名護屋に随行し、陣営の茶会で神谷宗湛らと交歓。大名物「佐久間肩衝茶入」を所持。 師事:千利休・長谷川宗仁〔茶〕
