作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】京都/梅川東居、鈴木百年【所属・任】帝国美術院会員、帝室技芸員【主な受賞】シカゴ万博名誉賞牌、パリ万博金牌、セントルイス万博金牌など【詳細略歴】初めは浮世絵師の梅川東居について学びその後鈴木百年の門下となり景年の号を使用し始める。またこの間、生家の家業であった友禅図案、上絵描きの仕事もしていたが1868年の父の死亡を機に画業に専念。明治前半期は京都博覧会、内国共進会、日本美術協会などによく出品して受賞を続け国内では京都画壇を中心に人気画家として名を上げていたが1893年にシカゴ万博に出品し緻密な描写が高い評価をされ名誉賞牌を受賞、次いで1900年のパリ万博、03年のセントルイス万博にて金牌を受賞したことにより世界的に高い評価となり04年には一躍帝室技芸員を拝命、19年には帝国美術院会員に就任するなど伝統保守派として晩年まで後進に指導するなど日本画壇に残した功績は大きく門下には子息の今尾景祥をはじめ木島桜谷ら後の京都画壇の代表者を多く育てた。大正13年10月5日79歳没。〔主な作品所蔵館〕京都国立博物館/新潟県立近代美術館/石川県立美術館/石川県七尾美術館/岐阜県美術館/滋賀県立近代美術館/京都市美術館/飯田市美術博物館/山種美術館など〔印名〕「景年」「景年書史」「景年逸民」「今尾永歡之印」(「今尾永歓之印」)「聊自樂書」「聊自樂居」「静白伍?」「養営斎」「子裕」「永歡之印」(「永歓之印」)など〔市場評価〕★★★〔美年鑑評価〕700万