CNSEALS
落款索引

作家资料

BIOGRAPHY

【出身地・師系】相模国(神奈川県)出身明徳義塾中退のち東京大学工学部中退【所属・任】第一次大隈内閣文部大臣、第二次大隈内閣司法大臣、東京市長など【認定】永年在職議員表彰第1号、衆議院名誉議員第1号、東京都名誉都民第1号など【詳細略歴】明徳義塾に入学するも塾長であった福沢諭吉に反抗して退学、また東京大学工学部に入学も西南戦争の時勢もあって半年で退学し当初は「新潟新報」の主筆記者として社説などを担当していたが、1881年に大隈重信の推薦により入官、初め権少書記官となる。82年には大隈、犬養毅を中心とした立憲改進党の結成・創立運動に参加、90年の第1回総選挙で初当選(以降26年間連続当選)を示し98年第一次大隈内閣では若干40歳で文部大臣に就任。その後、1903年〜12年までの間、東京市長に就任、14年には第二次大隈内閣の司法大臣に就任、16年には憲政会の結成に参加して民主主義・平和主義・国際主義を掲げて国際社会の基盤を模索。また、35年には、「永年在職議員」の表彰制度が始まり、これまでの功績や衆院当選18回、在職43年といった経験から第1号の表彰を受けている。当初から婦人参政権運動を支持し、新婦人協会による治安警察法改正運動などを支援、また軍縮推進運動、治安維持法反対運動など一貫して軍国化に反対する姿勢を示し国民の人気が高く「憲政の神様」、「議会政治の父」等と称された。〔印名〕「咢堂」「號咢堂」「尾崎行雄章」「行雄之印」「行雄之章」「雄字将章」など〔市場評価〕☆

落款印谱

SEALS & SIGNATURES

7

查看 尾崎行雄7 件落款图片

收录 25,000+ 件落款 · 以图搜图 · 数据库持续更新
注册即赠 5 积分,可免费查看 5 位作家的落款