作家资料
BIOGRAPHY- 出身地・師系
- 東京浅草/不明
詳細略歴
浅草にて下駄の鼻緒問屋の次男として生まれ、高等小学校卒業後に象牙彫刻を学ぶ。その後東京彫工会に所属し、象牙彫刻で野菜や果物を当時は地肌仕上げが主流の中、氏独自の色付けによるよりリアリティを追求した作品を展開したが彫刻界からはまだ異端児視され当時は評価が上がらなかった。大正10には下谷御徒町(現、台東区西部)に住んで精力的に製作したようだが、弟子を持たず生涯1代を追及し、さらに牙彫の難しさ、完成までに時間を要することから次第に牙彫界そのものが衰退。第二次大戦中は一時期、インドネシアのスマトラ島で技術指導をしながら制作した。現在ではその技術が再評価され明治工芸牙彫の最高峰の一角として世界的にも評価が高い。現存は80数点といわれ、その中でも
代表作品
- 竹の子と梅
印名
- 萬象
- 緑山
- 市場評価
- ★★★
