作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】江戸出身師、歌川豊広【略歴・作風など】江戸の町火消の安藤源右衛門の子として生まれる。幼少のころより画を好み、15歳のころに歌川豊国の門に入ろうとするが門生多数の理由で断られ同じ歌川派の歌川豊広に入門、以降歌川広重として絵師と家業の火消しを兼業。1823年ごろより家業を辞めて画に専念、始めの頃は一幽斎廣重と号して花鳥画を多く描いていたが、1828年頃師豊広の没後頃より一立齋の号を使い始め風景画を多く描き、後に欧米でその大胆な構図などとともに、青色、特に藍色の美しさで評価が高く「ヒロシゲブルー」と称される。また、代表作のひとつ「東海道五十三次」では遠近法が用いられ、風や雨を感じさせる立体的な描写などの技術の高さもあるが当時の版画技術の向上で庶民から絶大な人気を得た。そのほか代表作に「金沢八景」、「京都名所・大阪名所」、「近江八景」、「富士三十六景」ほか〔印名〕「廣重」(「広重」)「東都弐家」「安藤之印」など〔市場評価〕★★★★★