作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】二代六兵衛の次男、京都の人【称号】幼名栗太郎・名六兵衛・号祥雲[画]【略歴・作風など】天保九年(1838)、家業を継ぐ。磁器完成とともに染付・青磁・赤絵などの作品が多く、作風は豪快のなかに飄逸性もある。嘉永六年(1853)、禁裏御所の守護職大久保隅守・長谷川肥前守の用命により陶製六角の石膏型の利用や舎密局に寄与す。また、京都府参事槇村正直やお茶屋「一力」の杉浦次郎右衛門とともに都おどりを創始するなど、京都の陶芸の発展向上に貢献。印判は六角枠内に大徳寺の大綱宗彦筆の「清」字大小印、近江彦根藩主井伊侯より拝領の六角内に角ごとに鈴のついた銅印、瓢形内に草書「清六」の印がある。師事:小田海僊[画]
