作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】二条為藤の子、二条為忠の兄弟【称号】正三位権中納言兼侍従・民部卿【略歴・作風など】元弘の乱には宮方につき、花山院師賢に従って比叡山に登り、次いで笠置山に赴き捕えられて、尊良親王とともに土佐国に流された。延元元年(建武三年、1336)、後醍醐天皇を奉じて吉野山潜幸には従わず、京都にとどまる。正平十八年(貞治二年、1363)、『新拾遺集』の撰者になったが、冷泉為秀の子為邦を猶子にして、相伝の秘書を授けた。和歌をよくし、『続千載集』以下の勅撰集に四十三首選入されている。真跡は『古今集』および『宝積経要品』紙背の短冊がある。師事:二条為藤[和歌]。門下:冷泉為邦・三条実継[和歌]。
