作家资料
BIOGRAPHY人形師、人形作家10月八丁堀3丁目生まれ。師、吉野栄吉。故平田郷陽婦人の父。職を転々とし、23歳と遅くに人形師、吉野栄吉に師事。すぐに独立後、押し絵や羽子板などで生計を立てるが、その後この時代には、ほぼ消滅していた嵯峨人形に着手。その感性を発揮し昭和初期の人形芸術運動の先駆者の一人として、後の郷陽、明豊、堀柳女など今日の人形界の地位を築いた者の先導者となり、また江戸期の伝統人形を次の作家に伝えた功績は非常に大きい。さらに、当時職人扱いだった人形に始めて作者として落款を入れて納めた。また人形を製作する傍ら日本画もその才を発揮し、特に雛や御所人形の愛らしい作品を描き、大正〜戦前の絵葉書などにも多く取り上げられている。昭和19年3月9日東京大空襲のため逝去73歳。弟子にその後時代人形修復に尽力した奥村喜太郎がいる。〔印名〕〔市場評価〕☆