作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】後水尾天皇の第七皇子、明正天皇・後光明天皇の弟【称号】幼名秀宮・名良仁・通称花町宮・桃園宮・第一一一代天皇【略歴・作風など】高松宮好仁親王女明子と結婚、高松宮を継承して花町宮・桃園宮と称したが、後光明天皇に皇嗣がないため、承応三年(1654)践祚した。明暦二年(1656)即位。在位十年。淳和天皇を西院と称するのに対し、後西天皇と追号された。和歌に長じ、公卿を召して『伊勢物語』『古今和歌集』を講ず。歌集『水日集(緑洞集とも)』、日記『後西院御記』をのこす。師事:後水尾天皇(和歌)・金森宗和(茶)・中院通茂(書)。門下:霊元天皇・近衛基凞(和歌・茶)。備考:中院流の書・宗和流の茶の湯をよくし、瀬田掃部の茶杓の筒に宸筆を加えたものが現存。筒花入の自作やその添状の宸翰ものこる。
