【出身地・師系】
江戸出身
【所属・任】
新撰組副長助勤・一番隊長・撃剣師範
【略歴など】
生年は1842年、44年の両説があり不明。
陸奥国白川藩藩士沖田勝次郎の長男として白川藩江戸屋敷に生まれたが、幼少時に父母と死別、9歳の頃に天然理心流道場の近藤周三の内弟子として試衛館に入り、近藤勇、
土方歳三
らと共に修行、後に若くして同道場塾頭として後進に指導。
1863年に幕府は14代将軍徳川家茂の上洛に際しての警護の為、浪士組を募集しており近藤、土方らとともにこれに参加し上洛、その後、京都守護職会津藩主松平容保の下で壬生浪士組を芹沢鴨らと共に結成、不逞浪士、賊らの排除や警備など京の治安維持を中心に行動を起こし、その活躍が認められて新選組(新撰組)の隊名を下賜される、また芹沢暗殺に参加、新撰組となってからは一番隊長、撃剣師範を務め剣技は相当すぐれたとされる。
また、結核になり幕末時戊辰戦争などには参加せず1668年に病状悪化により江戸にて没。
※近藤勇、
土方歳三
についても同様だが後の小説や講談により創作でのイメージが先行しており本来の歴は不明な面も多い。
〔市場評価〕★★★
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