作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】水戸藩(茨城県)/谷文晁、林十江【所属・任】日本画家、水戸藩士【略歴・作風など】水戸藩士で水戸彰考館総裁であった立原翠軒の子として生まれ、幼少の頃より父や画家の林十江のもとで画を修行、その後、父の隠居に伴い家督を継いで7代藩主徳川治紀、8代斉脩、9代斉昭の3代に出仕。文化9年に江戸に出府した際に当時の関東南画の巨匠であった谷文晁の門に入り、さらに画の研鑽を深め中国古画の研究にも長じて沈南頻様式の花鳥画、山水画を得意として渡辺崋山、椿椿山らとともに文晁門下の四天王と称された。また、帰郷後も斉脩、斉昭の命により多数の古画の模写を手掛け、画のほかにも篆刻にも優れた。〔主な作品所蔵館〕東京国立博物館/飯田市美術博物館など〔落款名〕「杏所立原任」「翆軒題」など〔印名〕「立原任印」「立原任記」「立原任鍳」「立原萬印信」「生及人」「杏所」「杏所漫士」「翆軒老人」「比君堂」「香案小史」「立原氏字遠」「水藩?従備員章」など〔市場評価〕★★★★〔美年鑑評価〕1800万