作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】広島県出身師、五,六代一国斎【続柄】六代の長男【所属・任】日本工芸会正会員。【歴代の総評・略歴・作風など】初代を祖とし二代より一子相伝で受け継がれる高盛絵の技法を現代に伝える漆芸家として有名。初代澤木正平が大坂で漆芸を学びその後、尾張藩に召され御用絵師となり金城一国斎と名乗ったのが初めとされる。また、伝統の高盛絵の技法は二代一国斎が考案したものとされ代々受け継がれまた改良研究がなされており、三代の時代になり明治に入ると各展覧会、博覧会などにも出品し明治九年の京都博覧会や明治十年の第一回内国勧業博覧会で受賞を重ね、また明治天皇御用品の製作等も手がけ、この時代の作品には手間、暇、金などを惜しまずに製作されおり、煙草入れをひとつ製作するのに一年余の製作日数をかけており、一般庶民の手の出せない品物となっていたため主に外国人を取引相手としている、そのためこの時代の作品の美術性が高い事もさることながら、現存が極端に少なく現在、市場においても高く評価されている。四代〜六代の一国斎にしてもやはり展覧会などを中心として活動ししばしば慶事があると広島県からの献上品として皇族に納められた。特に五代一国斎は高盛絵のほかに当時の漆芸家の最高峰であった赤塚自得に師事し金蒔絵の技術を取得しそれまで赤、黒、褐色、緑といった濃色を中心とした高盛絵に金を用いて華やかさを演出しその幅や可能性を構築した。現在七代の昭人氏が日本伝統工芸展などに出品して活躍中だが、高盛絵作品のほかに彫蒔絵の作品を多く製作し現代感覚溢れる作風で新たな境地を画策している。【注釈】高盛絵とは欅、松、桑などを材質に選び棗、香合、茶杓、菓子鉢、茶盆、器局などの茶道具を主に製作し彫刻によりモチーフを立体化させさらに漆塗りにより色絵付けを施した優雅で一国斎独特の技法といえ、そのモチーフには各代独自の感性を取り入れているが花鳥図や虫図が多く、中でも蜂の図に関しては「一国斎の蜂」「蜂の一国斎」と称されるほどその描写に優れた。〔市場評価〕★★★★