作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】東京都芝/菊池契月、小村大雲/川端画学校卒【所属・任】元青龍社同人【略歴詳細】川端画学校卒業後は、菊池契月次いで小村大雲に師事して当初は再興院展を中心に出品を重ねていたが、大正10(1921)年より帝展に出品を始める。しかし、伝統と格式のある展覧会では自分の自由な表現ができないとして昭和6年より川端龍子の主宰する青龍社展に活躍の場を移し翌年同人に推挙。しかし、この青龍社も長くは所属せず9年に脱会、同年に明朗美術聯(連)盟を川口春波と共に結成した。夭折の画家であったが独自に洋画(外光派)の技法を研究して伝統的な日本画の世界観に取り入れるなど新しい日本画を常に画策した新感覚派の画家であり、円熟期を見ることなく早死したのは日本画発展にとっても大きな損失であったとされている。また、現在、市場においても稀にしか出回らず、比較的高い評価額にて取引される作家の一人でもある。昭和12年4月15日41歳で没。代表作に「華厳仏」「内陣」「三十三間堂」など〔主な作品所蔵館〕東京国立近代美術館/京都市美術館/山種美術館など〔印名〕「常平」など〔市場評価〕★★〔美年鑑評価〕500万