作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】備前国(岡山県)【略歴・作風など】元は片山家に生まれたが15歳の頃に叔父の藤本彦右衛門の養子となる。その後、尊皇攘夷を掲げて京都に脱藩し軍学を学び、また全国を遊学して学問や書画も謹学して帰京後は伏見奉行であった内藤正繩より招かれて学問、兵学などを教え、また同伏見にて私塾を開設して一般にも多く教えた。幕末期には1863年に討幕派として土佐の吉村寅太郎、三河の松本奎堂と組んで「天誅組」を結成、孝明天皇の大和行幸を先駆けて大和五条代官鈴木源内を誅戮して挙兵(天誅組の変)するが直後に8月18日の政変によって大和行幸が中止となり、鉄石(天誅組)は幕府軍の討伐をうけて没した。〔主な作品所蔵館〕豊科町郷土博物館/京都国立博物館/群馬県立近代美術館/松本市立美術館など〔印名〕「藤本真金」「都門売采」「吉備男子」「風糟月粕」「鐡石」(「鉄石」)「銕石」「壽樂之區」(「寿楽之区」)「書斎刷書」「鐡寒士」(「鉄寒士」)「閲音修篁美曰載歸」「千金不一文誰寛」「筆資神遇」など〔市場評価〕★〔美年鑑評価〕100万