作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】出羽国(秋田県)出身師、平賀源内【所属・任】秋田蘭画画家【略歴・作風など】秋田藩角館の下級藩士小田野直賢の四男として生まれ、幼少の頃から狩野派や仏画の模写を好み画を研鑽。1773年に鉱山の検分の為、秋田藩が平賀源内を招聘した際に直武の屏風絵を見たのをきっかけに源内との知遇を得て洋画の指導を受ける。また、源内が江戸に戻った後、直武が銅山方産物吟味役を拝命し上京、再び源内の指導の下で洋画の研鑽を深め、遂には源内の推薦により杉田玄白の「解体新書」の図も担当している。帰郷後は、秋田藩主佐竹義敦(佐竹曙山)や佐竹義躬に対して洋画の指導を行い、日本画と洋画を併せ持つ秋田蘭画を確立、一時期の隆盛を極めた。また、日本初の銅版画の技法に成功した司馬江漢も直武の洋画指導を受けたといわれている。〔印名〕「羽陽之印」「字曰子有」など〔市場評価〕★★★