作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】尾張国(愛知県)出身師、服部蘭台、山脇東太郎、入江六郎、沢村黒庵【略歴など】出自は尾張徳川家の分家で本名は松平乗謨。幼少時より学に秀でていたが、さらに江戸にて服部蘭台に漢詩を学び竜岡の号を受ける(後に亀崖に改号)、また蘭後を山脇東太郎、仏語を入江六郎、書法を沢村黒庵に師事。幕末時には陸軍奉行や老中格、陸軍総裁などを務め国事に奔走したが、明治に入ると名を大給恒と改め民部省に出仕、以降、左院少議官、式部寮御用掛、帝室賞牌取調掛、太政官五等に就任して1881年に元老院議官に任ぜられた。西南戦争時には博愛社を創立して戦地に医者や看護人を派遣(後の赤十字の基盤となる)、その後1895年の賞勲局総裁を経て1909年に枢密院顧問官に就任。書をよく残すが、古法帖をよく研鑽して篆隷行草すべてに優れた作品残す。〔落款名〕「三陽大給」「大給恒印」「玉鉤」「字玉鉤」「介絻」「亀崖」など〔市場評価〕★