作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】陸奥国(宮城県仙台)出身杉田伯元、吉田長淑ほか【略歴・作風など】仙台藩水沢留守家の家臣後藤実慶の子として生まれるが、幼少の頃に父と死別し、その後、蘭学者高野玄斎の養子として高野家に入る。養父の影響で学問に興味を持つようになり、1820年に江戸に赴き杉田伯元や吉田長淑に師事。また、長崎に留学してシーボルトの鳴滝塾で医学・蘭学を学び、更に豊後国日田の広瀬淡窓に弟子入りしたと言われる。1830年に江戸に戻り、町医者と蘭学塾を開業、まもなく三河田原藩重役渡辺崋山との知遇から田原藩のお雇い蘭学者として通訳、翻訳などに従業。1839年外国情勢への対応を述べた「夢物語」を刊行したがこれが幕府批判の罪にとわれ、渡辺崋山などとともに捕らえられたが44年の牢屋火災の隙をついて脱獄。その後、宇和島、江戸などに潜伏しながら生活したが最後は隠れ家を幕府の役人に襲われ自害。「夢物語」の中で江戸幕府の異国船打払令を批判し開国を説き、その為幕府から危険分子として弾圧を受けたが、開国後30年経った1898年に正四位を贈られている。〔印名〕「高長英印」「瑞皐」など〔市場評価〕☆