作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】駿河国府中(現、静岡県静岡市)/【所属・任】【主な受賞】多数【略歴詳細】14歳の時に松岡恕庵の画に触れ明治35年には杉浦清の養父として分家し、東京市神田にて杉浦家を継ぐ。しかし兵庫県に行き日本画と同時に哲学の勉強に励みこの頃より雅号を俊香と称した。明治31の日本美術院の創立に際して、岡倉天心や橋本雅邦等と意見を異にして、独自の道を進む。さらに真の日本画の真髄を世界に紹介するため、たびたび諸外国を歴訪。明治35「精神有無論」を発刊。翌年の第五回内国勧業博覧会に出展。明治39には凱旋記念五二共進会に出展し、松方正義より深謝状を授かる。さらに1908(明治41)から1年間、作品を携えてアメリカワシントンD.C.からフランスを巡り日本画を紹介。パリのコンネリー博物館に陳列し、フランス政府よりオフイシェー勲章を受けた。大正2、賞勲局より大日本帝國外國記章汎用免許證を受ける。1926年(大正15年)のフィラデルフィア万国博覧会でも作品を展示、絵画の部で金メダルを授与された。昭和3年には昭和天皇即位に当たり、作品二幅を献上、嘉納状を受ける。明治期に日本画を広く海外に紹介し、自身独自の感性で描いた作品は、また新たな日本画として大きな功績を残した。〔印名〕「俊香」など〔市場評価〕★〔美年鑑評価〕75万