作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】長崎県出身太平洋洋画研究所師、鹿子木孟郎【略歴・作風など】1902年に上阪して京都市立美術工芸学校に学び、在学中より洋画を鹿子木孟郎に師事、卒業後は上京して太平洋洋画研究所にも学ぶが病を患い間もなく帰国。また、この頃新聞挿絵を手がけており渡辺與平(結婚して渡辺姓となる)として活躍。最上京のち1908年に第2回文展洋画部に「金さんと赤」を出品して初入選、その後10年第4回、11年第5回文展と連続して入選を果たすもその翌年1912年に24歳で夭折。早世であったため現存作品も少なく知名度も低いが当時は挿絵の仕事に定評があり竹久夢二と匹敵するほどの人気を集めていたと言われており、「ヨヘイ画帳コドモ」、「ヨヘイ画集」などが発行されている。〔印名〕「抜天」など〔市場評価〕☆