作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】江戸/国沢新九郎、フォンタネージほか工部美術学校卒【所属・任】明治美術会創設、東京美術学校教授、聖護院洋画研究所主宰【略歴・作風など】佐倉藩(千葉県)藩士浅井常明の長男として江戸藩邸に生まれ、佐倉藩藩校成徳書院に学び、はじめ南画を藩の絵師黒沼塊山に師事、その後、1873年に上京して国沢新九郎に洋画を学び76年には工部美術学校に進学してフォンタネージに更なる薫陶を受けて西洋画を研鑽。卒業後は、新聞の挿絵画家を務めるなどを経て89年に明治美術会を設立、1900年に渡欧。帰国後は京都高等工芸学校教授に就任するなど関西を拠点に活動、また03年には聖護院洋画研究所(06年に関西美術院に発展させる)を立ち上げ後進の指導に尽力を示した。欧州の農村風景や農夫を題材にした作品を多く残し印象派の画風を日本にもたらした第一人者とされ黒田清輝と共に日本における近代洋画の礎を築いた画家の一人として高く評価される。代表作に「春畝」(東京国立博物館蔵・重要文化財指定)、「収穫」(東京芸術大学蔵・重要文化財指定)など。公定鑑定は東京美術倶楽部〔サイン〕〔印名〕「木魚」「黙語」「浅井忠」「浅忠」「井忠」「忠印」「華香鳥語」「一拙免千罪」など〔市場評価〕★★★★★(洋画)★★(日本画)〔美年鑑評価〕18000万