作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】張国(愛知県)のち名古屋(明治10)のち東京下谷のち日暮里のち名古屋市住/沼田月斎、土佐光文、大石真虎【所属・任】日本美術院創立同人、東京美術学校教授【主な受賞】内国博褒状【略歴詳細】12月2日生まれ。尾張藩士川崎六之の子として生まれ、はじめ同郷の画家沼田月斎に四条派の写実技法を学び、次いで京都にて土佐光文に大和絵を師事。更に名古屋復興大和絵画家大石真虎に師事、また独自に古社寺の什宝についての有職故実を研究し古社寺保存会委員にも就任、文化財の保護にも尽力を示す。明治11年に上京し勧商局、大蔵省等に出仕、のち博物館御用掛となり美術品の整理に携わり、25年には岡倉天心の依頼により東京美術学校で考古学、本邦武装沿革の講義を担当し30年より同校教授に就任する。翌年には学校騒動により同校を辞職し岡倉天心を中心とした日本美術院の創立に参加。33年、愛知県工業学校創設に際して意匠科教頭に就任。有色故実に秀でていたため自ずと作品も歴史風俗や歴史人物を題材にした秀作を多く残し門下からは後の歴史風俗画の大家とされる小堀鞆音を輩出、また孫には川崎小虎がいる。明治35年11月27日没67歳。〔印名〕「千乕」「千虎」「川崎千虎図書之記」など〔市場評価〕★★