作家资料
BIOGRAPHY津和野の人。師、多胡逸斎・桜間青崖・渡辺華山・高久霧崖・椿椿山。津和野藩士の家に生まれ、幼少のころより画に興味を持つ。その後、藩の絵師多胡逸斎に師事。嘉永6年(1853)42才にして時津和野藩の絵師を命じられ馬廻格となる。逸斎のすすめで桜間青崖・渡辺華山の門に入る。華山の没後は高久霧崖に学び、椿椿山の塾で数年間、研鎮に励んだ。渡辺崋山門下として、椿椿山・福田半香とともに「椿山の花鳥、琴谷の山水人物、半香の雲烟」と称される。〔印名〕「琴谷」「癒斎」など〔市場評価〕★〔美年鑑評価〕100万