作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】東京神田千代田住/原羊遊斎、昇龍斎光玉【略歴詳細】幕末〜明治期に活躍した蒔絵師で13歳の頃名工原羊遊斎に弟子入りしたが、直接に指導を受けたのは羊遊斎工房の職頭であった昇龍斎光玉で交玉の号も光玉から受けたとされ、その後、光玉と共に日光東照宮修復御用にも従事。幕末の慶応3年に独立開業したがこの頃の仕事の資料は乏しく不明で明治維新後は起立工商会社に入りウィーン万国博覧会において漆器製作の職頭を務め進歩賞牌を受けるなど活躍。晩年は豪商鹿島清兵衛から招かれて鹿島家に寄富、川鍋暁斎下絵作品などを多く製作した。正確な没年は不詳だが明治30年代に鹿島家別宅にて没。〔主な所蔵館〕河鍋暁斎記念美術館など〔印名〕「交玉」「交玉斎」など〔市場評価〕★★