作家资料
BIOGRAPHY室町期の武将室町時代の武将で扇谷上杉氏の家宰、太田資清(道真)の子として生まれる。1455年に家督を継いだといわれ、56年より道灌の最大の仕事として有名な江戸城築城に着手年開始、翌年の4月には完成と伝えられる。またこの年、父の指導で岩槻・河越両城の築城にも着手したといわれている1469年ごろには,道真・道灌父子は実力者として力をつけ始め相模及び武蔵地方をを事実上支配。また駿河守護今川義忠の跡目を巡って今川氏親と小鹿範満が争った際、定正の命で駿河に赴き、相手方の氏親を支持する北条早雲(伊勢宗瑞)と共にこれを収拾。駿河在陣中に江戸では長尾景春の反乱が起きると12年間にわたり景春方と三十余度も戦いを交えた。「足軽之軍法」を編み出しすなど軍法師範ともいわれ、そのほか兵術家、築城家、政治家として武将として類まれな才を発揮したが、歌人としても名高く漢詩文や能書などを良く残す、また、その書物には江戸期から第三者が模倣した贋物が多数出回っているので注意が必要。〔印名〕「含雪巣」など〔市場評価〕★★〔美年鑑評価〕600万