作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】京都/岸竹堂、竹内栖鳳【略歴詳細】明治10年11月6日生まれ。13歳で竹堂に支持し、その後16歳(明26)に日本美術協会展にて「菊花図」が褒章を受章、30年全国絵画共進会にて「梅花双鶴」で4等となったが師匠の竹堂がこの年に亡くなったため、竹内栖鳳の門下となる。その後第1回文展では「咆哮」が3等、5回文展「まきばの夕」が褒状を受賞。京都美術工芸学校、京都絵画専門学校の教授としてや、画塾晨鳥社を主宰し後進の育成に努めた。栖鳳の画風をよく継承し帝展審査員なども務め昭和8年に帝国美術院会員に推挙されたが、その後病弱で後年は大作が少なくなった。昭和13年9月16日60歳で没。大正、昭和初期を代表する京都画壇の中心画家。また子息に日本画家西村卓三がいる。〔主な作品所蔵館〕京都市美術館/山種美術館など〔印名〕「五雲」「五雲画記」「云」「雲」「五」「源印」「西邨傐祥」(「西村傐祥」)「蕗筆生春」など〔市場評価〕★★★〔美年鑑評価〕1000万