作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】山梨県/岸浪百艸居【略歴詳細】当初は東京高等商業学校(現:一橋大学)で簿記や経営学を学び、(大正8(1919)年に渥美豊と結婚、後の昭和7年に渥美姓となる)大正9年に東京で旭印刷株式会社を創立、あるいは商業学校の講師となり簿記の本を出版するなどして生活していたが、その後、昭和7年に南画家の岸浪百艸居の指導を受け、事業の傍らで画を製作、10年には初個展を開催するに至る。しかし、事業や簿記講師としての本業や出兵により一時製作を中断する。戦後より再び製作を始め、墨の濃淡を最大限に引き出して彩色画と墨絵の中間のような色彩を見せ、徹底した写実による描写を心情とした「芙峰画」を創案する。また、画のみではなく俳人としてもその名を残し、これまでの定型を完全に排除した自由な俳諧を特徴とした。〔印名〕「芙峰」(「芙峯」)(「美峯」)「守雄」「文日正人」「天衣无縫」(「天衣無縫」)など〔市場評価〕☆〔美年鑑評価〕90万