作家资料
BIOGRAPHY周防国(山口県)出身萩藩士、枢密顧問官、皇太后宮大夫長州藩士植木五郎右衛門の次男として生まれ、後に同藩士杉考之進盛倫の養子となり杉姓を名乗る。幼少期には文学を佐々木源吾に、槍術を岡部右内に学び1854年に上京した際には江戸の藩校明倫館にて儒学、また吉田松陰から勤皇の薫陶を受け、58年には槍術修行のために西日本を巡遊。64年当役用談役となり四国連合の下関襲撃の際には公証により戦争回避に功績を示し、また66年の第二次長州征伐の際には軍監参謀、海軍用掛に就任、67年の倒幕の際には堅田大和参謀として国事、藩政に活躍を示した。明治維新後は宮内大丞、宮内少輔、宮内大輔を経て皇太后宮大夫に就任するなど皇室にて活躍、97年には枢密顧問官、1908年には議定官に就任。〔印名〕「聴雨」「聴雨居士」「子華」「重華」「杉氏子華」「古硯草堂」など