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BIOGRAPHY

【出身地・師系】武州多摩郡出身【所属・任】新撰組(新選組)副長【略歴など】裕福な農家の出身で土方隼人義諄の末子(6人兄弟)として生まれ、11歳のころに江戸のいとう呉服店に、17歳のころに江戸大伝馬町の呉服店にそれぞれ丁稚奉公に出るがいずれも長続きせずに帰郷、その後は実家の副業でもあった石田散薬の行商など家業に従事したが武士を志すようになり天然理心流近藤周助に入門、この頃の同門に近藤勇、沖田総司らとの知遇を得る。1863年に幕府は14代将軍徳川家茂の上洛に際しての警護の為、浪士組を募集しており同門であった近藤、沖田らとともにこれに参加し上洛、その後、京都守護職会津藩主松平容保の下で壬生浪士組(後の新撰組)を芹沢鴨らと共に結成し副長に就任。新撰組となって以降は京都の治安維持や不逞狼士の一掃、薩長藩士の取締などに一層の警戒をし、間者には過酷な拷問をかけての自白、隊の秩序を守るため違反者には切腹させる(局中法度の制定)など京都時代には鬼の副長として恐れられていたとされるが後の創作の部分もあり専門的には不確定な部分も多い。幕末時には鳥羽伏見の戦、甲州〜会津と幕府軍として薩長と戦を続けたが敗戦を重ね、この後は多くの新撰組隊士とは別れ数名のみをひきつれて大鳥圭介らが率いる旧幕府脱走軍と合流、間道軍総督として函館五稜郭を占領、榎本武揚とも合流して榎本を総裁とする蝦夷共和国の幹部として陸軍奉行並に就任。1869年には新政府軍が蝦夷地に上陸し二股口では130人の兵で5,600人の敵軍を撃退するなど戦略手腕を発揮したが同年5月の新政府軍の函館総攻撃において銃弾に撃たれ戦死。〔市場評価〕★★

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