作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】筑前国(福岡県)出身師、吉益東洞、永富独嘯庵、山県周南【略歴・作風など】筑前国姪浜村村医亀井聴因の長男として生まれ、幼少より父の下で学問を修め、更に京都に上って吉益東洞に医学を、大坂では永富独嘯庵に師事して徂徠派の儒学を修め、また長州では永富の師でもある山県周南に教えを受けた。帰郷後は父と共に博多唐人町に医業を起こす傍らで1762年には私塾を開いて多くの門弟を育て78年には福岡藩主黒田治之に招かれて藩医となり、84年は藩校甘棠館の学長に就任。90年の寛政異学の禁により幕府学問の朱子学を批判する立場の徂徠派は失脚を余儀なくされるが子息の亀井昭陽とともに亀井塾を立て直し九州を中心に全国に多くの門下を育てており、広瀬淡窓などを輩出。〔印名〕「龜井魯印」「南溟」など〔市場評価〕