作家资料
BIOGRAPHY薩摩(鹿児島県出身)薩摩藩士大久保次右衛門利世の長男として生まれ、幼少期は同郷の西郷隆盛と共に勤勉に励み以降の親友となる。1847年に藩の記録係りに出仕されるが50年の嘉永朋党事件にて免職、翌51年より島津斉彬が新藩主に就任したことにより許され53年より復員となる。島津斉彬没後は西郷ら同士と共に一時は脱藩を企てるが取りやめ誠忠組(薩摩藩内の若手勤皇集団)の中心人物として活躍。また新藩主となった島津忠義の実父島津久光に接近し61年には薩摩藩小納戸役に抜擢される。66年には長州(山口県)の木戸孝允と同盟(薩長同盟)を結びまた京に出て公家の岩倉具視と公武合体・王政復古を画作し倒幕を決意。67年に将軍徳川慶喜が大政奉還を行ったのを機にクーデターを起こした。明治維新後は1869(明治2)年に参議に就任し東京奠都、版籍奉還、廃藩置県等の改革の中心人物として奔走。71年には岩倉使節団として各国を巡遊し政治、経済を学び73年に帰国。帰国後は内治優先を提唱し内務省を創設、初代内務卿に就任し産業化の指導に全力を挙げ地租改正、徴兵令などを行いこの時代の大久保政権を権力中心の専制政治とも呼ばれ(日本を近代化するため)あえて悪役になったともされている。78年に西南戦争を指揮、翌79年には旧加賀藩藩士の島田一郎らに暗殺される。また、木戸孝允、西郷隆盛と共に維新の三傑と称される。〔印名〕「利通之印」「甲東」など〔市場評価〕★